赤穂義士に仕えた元助 50回目の供養祭 安中・四十七士石仏前など (東京新聞2013年3月26日)

【群馬】
赤穂義士に仕えた元助 50回目の供養祭 安中・四十七士石仏前など
東京新聞2013年3月26日



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 赤穂義士・片岡源五右衛門高房に仕えた、安中市下秋間(旧碓氷郡秋間村)出身の「元助」と、赤穂四十七士らの冥福を祈る50回目の「忠僕元助供養祭」が25日、岩戸山四十七士石仏前などで営まれた。
 元助は義士切腹後、主人や義士らを弔うため仏門入り。故郷に戻り久保観音堂で20年かけ、47基の石仏を彫り上げた。霊地岩戸山に安置した後、向西坊と名を改め諸国を巡歴。房州和田浦黒滝不動(千葉県南房総市)の岩窟で入定した。
 元助の忠義話は1909年、國民新聞(東京新聞の前身)で講談師・真龍斎貞水が赤穂義士銘々伝として連載している。秋間地区では忠僕として、和田浦では火伏せの神として奉られ、双方の交流を縁に両市の友好提携が結ばれている。
 供養祭は、石仏前や久保観音堂、元助生誕地の3カ所で、秋間史跡保存会によってそれぞれ行われ、参加した会員らが元助らの冥福を祈った。秋間公民館で全体祭もあり、元助談議に花を咲かせていた。
(樋口聡)

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