【沿線革命057】  「北斗星」墜つ   新たな時代のブルトレは夜行寝台新幹線!

【沿線革命057】
「北斗星」墜つ 新たな時代のブルトレは夜行寝台新幹線!
現代ビジネス2015年08月27日(木) 阿部等

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44953


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8月23日朝の上野駅、巨大な「北斗星」が墜ちる場面に多くの人が立ち会った。(2015年8月23日、東京新聞写真部ツイートより)

「北斗星」の運行終了により、ブルトレの歴史は終わってしまうのか。いや、夜行寝台新幹線が、新たな時代のブルトレの歴史を創るはずだ。

いったん歴史を閉じたブルトレ

上野と札幌を結ぶ夜行寝台特急「北斗星」は、さる3月のダイヤ改正で定期運行を取りやめた後、ほぼ週に3往復、臨時列車として運行していた。

そして、さる21日の晩が上野→札幌、22日の晩が札幌→上野の最終運行となった。それらの出発、到着、沿線ともに多数の人が別れを惜しんで集まり、23日の朝の上野駅が、フィナーレとなった。

これにより、1958(昭和33)年に登場した20系客車による寝台特急「あさかぜ」(東京-博多)を起源とするブルートレイン(ブルトレ)の歴史は幕を下ろした。

実はまだある夜行寝台列車

夜行寝台特急としては、東京-高松・出雲市の「サンライズ瀬戸・出雲」がある。東京-岡山では併結している。客車でなく電車なので、ブルトレとは呼ばれない。


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東京と高松・出雲市を結ぶ「サンライズ瀬戸・出雲」(2008年8月、東海道本線 早川-根府川にて、ウィキメディア・コモンズより)

下りは関西地区に止まらないが、上りは三ノ宮0:13発、大阪0:34発、東京7:08着で、関西→首都圏の深夜の移動に便利である。

また、夜行寝台列車としては、青森-札幌を結ぶ急行「はまなす」がある。特急でなく急行なので、ブルトレとは呼ばれない。


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青森と札幌を結ぶ急行「はまなす」(2007年9月、青森駅にて、ウィキメディア・コモンズより)

東北新幹線と組み合わせて、下りは東京18:20→札幌6:07、上りは札幌22:00→東京9:23の移動ができ、想像よりは便利である。

起終点を青森でなく新青森として東京-札幌の所要時間を30分くらい短くし、下りは出発を2~3時間遅らせ、上りは同じ発時刻で東京着を15分くらい早めれば、もっと便利になる(ただし、来春北海道新幹線が開業することで、廃止になるかもしれない)。

「あさかぜ」の栄枯盛衰

ブルトレの起源である特急「あさかぜ」は、1956(昭和31)11月に誕生した。戦後初の寝台特急列車である。

東京-博多を、当時の昼間の特急列車よりさらに短い17時間25分で運行した。下りは東京18:30発、博多11:55着、上りは博多16:35発、東京10:00着である。

首都圏と九州の移動に、当時、普通の人は飛行機など使えず、夜行列車が主で、3段式であっても寝台の使える特急列車は画期的だった。車両は寄せ集めの寝台車と座席車だったが、大変な人気を博した。

1958(昭和33)年10月に、20系寝台客車が新造された。豪華な寝台設備、冷暖房設備、防音・防振対策、食堂車等に人々は驚愕し、これまた大変な人気を博した。「走るホテル」と呼ばれ、客車の色にちなみ「ブルートレイン」との愛称が生まれた。


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ブルトレの元祖、20系寝台客車(1983年8月、東京駅にて、ウィキメディア・コモンズより)

1970(昭和45)年10月から1975(昭和50)年3月は、最大の3往復(1往復は下関折り返し)となり、最盛期だった。

1975(昭和50)年3月の山陽新幹線全通、航空の発達と低廉化、東海道・山陽新幹線のスピードアップと、競争相手は便利になる一方だった。

「あさかぜ」は、新車の投入・若干のスピードアップはしたものの、14時間55分までの短縮が精一杯で、圧倒的な所要時間の差はいかんともし難く、2005(平成17)年3月に廃止となった。

東京-九州ブルトレの栄枯盛衰

「あさかぜ」に次ぎ、20系車両によるブルトレが続々と生まれ、「九州ブルトレ5兄弟」と呼ばれた。
 ・1959(昭和34)年:「さくら」東京-長崎(後に佐世保行を併結)
 ・1960(昭和35)年:「はやぶさ」東京-西鹿児島(後に長崎行を併結)
 ・1963(昭和38)年:「みずほ」東京-熊本
 ・1964(昭和39)年:「富士」東京-西鹿児島(日豊本線経由)


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東京と九州・山陽方面を結んでいた寝台特急(下りのみ)(『時刻表』1976(昭和51)年9月号より※レイアウトの都合上、半分しか表示できません。全文表示は、時刻表をクリックしてください)

東京を起終点として東海道本線を行き来するブルトレは、九州以外の路線にも乗り入れ、「瀬戸」「出雲」「いなば」「紀伊」が生まれた。最盛期の頃の時刻表を示そう。

東京から岡山9時間半、広島12時間は、夜行寝台にちょうど良い所要時間だったが、運行時間帯が便利ではなかった。九州内各地へは、小倉15時間半から隼人24時間までを要し、飛行機に対する時間競争力ははなはだ弱かった。

また、運賃+料金は、寝台料金が1980年代に大幅値上げされ、新幹線よりブルトレのB寝台の方が高く、価格競争力も高くなかった。B寝台のベッド幅拡大、3段から2段への変更、個室車の導入等を進めたが、基本的な競争力の低下はいかんともし難かった。

次第に廃止が進み、2009(平成21)年3月に、当時は併結運転をしていた東京ー熊本の「はやぶさ」と東京-大分の「富士」を最後に、全廃された。


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20系より居住性を向上させた14系寝台客車(1983年8月、東京駅にて、ウィキメディア・コモンズより)

関西-九州の寝台特急の栄枯盛衰

名古屋・関西地区を起終点とするブルトレの第1号は、1965(昭和40)年10月に生まれた新大阪-西鹿児島・長崎の「あかつき」だった。

その後、「月光」「金星」「明星」「彗星」「きりしま」「安芸」「なは」と多数の夜行寝台特急が生まれ、一部は583系寝台電車だった。

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583系寝台電車(1987年、盛岡駅にて、ウィキメディア・コモンズより)

最盛期の頃の時刻表を示そう。


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名古屋・関西地区と九州・山陽方面を結んでいた寝台特急(下りのみ)(『時刻表』1976(昭和51)年9月号より※レイアウトの都合上、全文表示ができません。全文は、時刻表をクリックしてください)

これらは、名古屋・関西地区と九州方面を結ぶとともに、新幹線と乗り継いで首都圏と九州方面を結ぶ役割も担った。新幹線と寝台特急の乗り継ぎは1972(昭和47)年3月の山陽新幹線岡山開業以前は新大阪、それ以降は岡山が主体だった。

大阪から博多9時間半、大分10時間半、熊本11時間半、長崎12時間半くらいまでは許容範囲としても、宮崎14時間、西鹿児島15時間は長過ぎた。首都圏との行き来だと、それに新幹線の乗車時間も加わり、航空の発達ととともに競争力を失っていった。

運賃・料金の値上げとともに、価格競争力も失っていった。

次第に廃止が進み、2008(平成20)年3月に、当時は併結運転をしていた京都-熊本の「なは」と京都-長崎の「あかつき」を最後に、全廃された。

東北方面の寝台特急の栄枯盛衰

東北方面の寝台特急の第1号は、1964(昭和39)年に生まれた上野-青森の「はくつる」だった。1965(昭和40)年には常磐線経由の上野-青森の「ゆうづる」が生まれた。いずれも20系客車で、1968(昭和43)年に583系寝台電車に置き換えられた。

その後、年々、「ゆうづる」が増発され、1975(昭和50)年には7往復となった。最盛期の頃の時刻表を示そう。今では新幹線で最速2時間7分の上野-盛岡にもブルトレが運行されていた。


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東京と東北方面を結んでいた寝台特急(下りのみ)(『時刻表』1976(昭和51)年9月号より)

上野-青森を結ぶ寝台特急は、首都圏と北海道を結ぶ役割を担っていた。青函トンネルが開通したのは「北斗星」が生まれた1988(昭和63)年3月であり、それ以前は青森-函館は3時間50分を要する青函航路だった。

「はくつる」「ゆうづる」のほとんどは、青函航路を介して北海道各地の特急と接続していた。例えば、上野20:00→札幌13:40、上野23:05→札幌18:32といった具合である。17時間半から19時間半をも要し、航空の発達ととともに競争力を失っていった。

さらに、東北新幹線は以下のように順に開業し、そのたびに寝台特急の時間競争力は低下した。
 ・1982(昭和57)年6月:大宮-盛岡
 ・1985(昭和60)年3月:上野-大宮
 ・1991(平成3)年6月:東京-上野
 ・2002(平成14)年12月:盛岡-八戸
 ・2010(平成22)年12月:八戸-新青森

次第に廃止が進み、2002(平成14)年11月に、上野-青森の「はくつる」を最後に全廃された。

その他の寝台列車

毎日運行の夜行寝台特急は、他に以下があった。
 ・「日本海」大阪-青森・函館:1968(昭和43)年~2012(平成24)年
 ・「つるぎ」大阪-新潟:1972(昭和47)年~1994(平成6)年
 ・「あけぼの」上野-青森(秋田経由):1970(昭和45)年~2014(平成26)年
 ・「北陸」上野-金沢:1975(昭和50)年~2010(平成22)年
 ・「出羽」上野-秋田:1982(昭和57)年~1993(平成5)年
 ・「鳥海」上野-青森(秋田経由):1990(平成2)年~1997(平成9)年

夜行寝台急行は全国に多数があり、最も有名で、本来は多くのニーズがあるのが東京-大阪の「銀河」だった。夜行寝台普通も、何本かあった。

東京で夜の会合、翌朝に福岡で会合!?

【056】では、夜行寝台新幹線の東京から大阪への移動での便利さを説明したが、東京から福岡でも同様だ。

飛行機の初便は羽田6:15発、福岡8:15着、終便は20:00発、21:55着である。それに対し、夜行寝台新幹線の東京21:30発、博多8:24着では、東京都心での滞在時間が2時間伸び、翌朝の福岡での会合にも十分に間に合う。

羽田の近くのホテルに泊まって初便を使う手もあるが、ホテル代が掛かる上に、6:15発に間に合うには5時起きとなり、やはり辛い。寝坊のリスクもある。

福岡から東京への移動でも同様だ。大阪や福岡に限らず、岡山・広島・熊本・鹿児島と、いずれも同様だ。東京の発着に限らず、名古屋・京都・大阪をはじめ、どこの発着でも同様だ。

夜行寝台新幹線は、東海道・山陽・九州新幹線沿線の長距離の行き来を広くカバーできる。新幹線停車駅で在来線と乗り継ぐと、山陰・四国・西九州・東九州方面等もカバーできる。

夜行寝台新幹線が創る新たな時代のブルトレ

宮脇俊三著『時刻表ひとり旅』(講談社現代新書、1981(昭和56)年6月)に以下の記述がある。

東京-福岡の飛行機と国鉄のシェアが1979(昭和54)年度に7対3であり、在来線の寝台特急「はやぶさ」「あさかぜ」などの乗客が激減した。

夜行列車は、会社がひけてから乗れ、会社が始まる前に着けるのが理想であり、せいぜい13時間か14時間で到着しなければならない。ところが、夜行特急の東京-博多の所要時間は16時間半であり、これ以上のスピードアップはできない。

けれども、新幹線は東京-博多を6時間40分で走破する能力を持っている。深夜の作業時間帯の6時間を加えても12時間40分である。これなら理想の夜行列車のダイヤを組める。

【沿線革命055】に、夜行寝台新幹線は、私のオリジナルアイデアではなく曽根悟氏の発案だと書いた。紀行作家として著名だった宮脇氏も同様の提案をしていたのだ。

夜行で移動するのに、所要時間は長過ぎてもいけないが、短過ぎてもいけない。早朝の5時や6時に降ろされるのでは、十分な睡眠を取れず、町もまだ寝ていて、行ける先も限られる。

21時~23時の間に出発し、7時半~9時の間に到着するのがベストだろう。所要時間にして8時間半から12時間である。「あさかぜ」が廃止となった時点の15時間弱は長過ぎた。「北斗星」の16時間以上も長過ぎた。

なお、さる3月に臨時列車となって以降の「北斗星」は、もはや便利に移動する機能を超越して乗ること自体が目的となっており、他の列車や保守間合への影響を最小化するため17~19時間を要していた。

夜行寝台新幹線は、東京から博多11時間、鹿児島中央でも12時間半である。鹿児島は若干長いが、おおむね夜行に適正な所要時間である。適正な居住性と運賃+料金を実現すれば、おおいに使えるはずだ。新たな時代のブルトレとして、ぜひとも実現したい。

YAHOO!ニュースのコメント欄では採算性への疑問

【沿線革命056】では、【沿線革命055】の夜行寝台新幹線の提案に対し罵詈雑言の嵐だと書いた。【沿線革命056】に対しては、罵詈雑言は減ったものの、採算性への疑問が多数寄せられた。

私は、これだけニーズに合致し、新線建設といった大きな投資を要さずに運行できるのだから、採算性は十分に確保できると判断している。次回以降に、具体的な数値とともに示そう。

阿部等(あべ・ひとし) 1961年生まれ。東京大学 工学部 都市工学科卒。88年にJR東日本へ入社、保線部門を中心に鉄道の実務と研究開発に17年間従事。2005年に同社を退社し(株)ライトレールを創業、交通計画のコンサルティングに従事。著書『満員電車がなくなる日』。日経ビジネスオンライン「キーパーソンに聞く」が好評。FacebookとTwitterにて実名で情報発信。交通や鉄道の未来を拓きたい方のために、交通ビジネス塾(http://www.LRT.co.jp/kbj/)を主催し、工学院大学オープンカレッジ鉄道講座(http://www.LRT.co.jp/kogakuin/)の事務局を務めている。

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