【著者に訊け】吉田類が綴る紀行エッセイ『酒場詩人の流儀』

【著者に訊け】吉田類が綴る紀行エッセイ『酒場詩人の流儀』
NEWSポストセブン2014.11.30 16:00

http://www.news-postseven.com/archives/20141130_288574.html

【著者に訊け】吉田類氏/『酒場詩人の流儀』/中公新書/780円+税 

「酒場詩人の流儀」(中公新書)吉田類著(中央公論新社 842円税込)


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酒場詩人の流儀 (中公新書)
中央公論新社
吉田 類

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中公新書 吉田類 中央公論新社発行年月:2014年10月 予約締切日:2014年10月23日 ページ


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・発売日:2014年10月
・著者/編集:吉田類
・出版社:中央公論新社
・サイズ:新書
・ページ数:233p
・ISBNコード:9784121022905

【内容情報】
旅から旅への日々は、はや半世紀に及ぶ。酒と俳句はいつでも良き伴侶だった。大町桂月、種田山頭火、若山牧水らを酒飲み詩人の先達と仰ぐ著者は、日本各地をめぐり、出会った人たちと「酒縁」を結ぶ。大衆酒場ブームの火付け役が、独特の感性で綴った紀行エッセイ。

【目次】
1 酒徒の遊行(酒徒の遊行/野生と人里 ほか)
2 猫の駆け込み酒場(黒潮の匂う岬/巨石伝説を追って ほか)
3 酒飲み詩人の系譜(雪見酒なら…/淡雪の夢 ほか)
4 酒精の青き炎(自由への飛翔/美しい夜景と出会う ほか)

【著者情報】
吉田類(ヨシダルイ)
高知県出身。イラストレーター、エッセイスト、俳人。酒場や旅をテーマに執筆活動を続けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

 取材の約束は、午後2時。ふと、“昼間の吉田類”はどこで何をしているのか、想像できないことに気づく。

「普段は旅先で原稿を書いたり、〈酒気払い〉と称して山を走ってます。おかげで内臓は真っピンク、2升半呑んでも宿酔(ふつかよい)はしません」

 酒場詩人を自称。「自分の好きなことしかしないから、ストレスは全くない」とも言い切る、生粋の自由人だ。そうしたあり方に憧れてか、今やその人気は一種の社会現象となった。

 ある時、吉田氏は新聞にこんな川柳が載っていたと俳句仲間に教えられ、思わず噴き出してしまうのだ。〈“知らぬ地で俺も今宵は吉田類”。熊本県在住の男性の作だった〉〈旅先で飲み歩くぞ、という意味が、固有名詞だけで通じているじゃあないか〉……。

 尤も、酒を畏れ自然を畏れるのが『酒場詩人の流儀』。酔ってなお泰然とした佇まいの秘密は、故郷土佐の原風景との契りにあった。

 愛媛県境に接する山村に育ち、若くして画家を志し、海を渡った。パリを拠点に各地を放浪し、帰国後イラストレーター及び文筆家に。そして放送11周年を迎えた『吉田類の酒場放浪記』で国民的人気を博すまで、その経歴には空白や謎も多い。

「別に謎なんてないですけどね。僕は番組でも自分を繕えないタチだし、酒場を5軒回ったら最後の2軒は記憶にない。過去はまさに忘却の彼方です(笑い)」

 冒頭にある。〈人生を旅に譬(たと)えるのは、いにしえからの理だった〉〈出会いと別れを繰り返してきた記憶は、膨らむばかり。時として、狂おしい喪失感に打ちひしがれる〉〈けれども、人の記憶には深い悲しみを和らげる術が備わっている〉〈忘れ去る能力だ〉〈そうでもなければ業の重みに耐えかねて沈没しかねないし、身軽でなければ長旅は続かない〉──。

 故郷を出て半世紀、吉田氏は忘れたはずの過去を綴った動機を、〈故郷の自然に対するオマージュと鎮魂〉と書く。〈故郷の原風景は、ことごとく成長した五十年杉を主とする人工植林で覆い尽くされていた。もはや、蝶やトンボが群れ飛んでいた小川も涸れ、花の蜜を吸った山つつじの咲き乱れる杣道も失われている〉。

「僕は昆虫と話をするような子供でね。動物や植物の声なき声を代弁して、人の心に届く言葉にするのが、自分の役割だと思っている。

 かくいう僕も以前はダリみたいなシュールアートを描き、海外の文化に憧れる西洋かぶれな人間でした。それがある時、一緒に仕事をした香港人から『あんなに美しい場所があるのに』と北海道や白神山地の話を聞き、以来、日本の自然の虜になった。

 白神山地なんて狭い日本にありながら、ブナの原生林では世界一の面積を誇り、世界中回ってもそんな場所は滅多にない。そうか、自分は奇蹟の国に生まれたんだと、ようやく気づいたのが40過ぎです」

 旅の途中、熊撃ちの名人に会い、岩魚釣りに興じた詩人の心は、やがて獲られる側の熊や岩魚に同化してゆき、獲る側の自慢話に耳を閉ざすように人里を去る。向かったのは山だ。それも体力の限界ギリギリの激しい山行を自らに課し、山や自然と一対一で対峙する。

「父親を早く亡くした僕は、絶えず父性的存在を求めて旅をしている感じがあるし、平家の落人伝説が残る山村育ちの僕にとって、世界は山に登らないと見えないものでした。山頂からは土佐湾が見えて、そこにキラキラ光るのが海。子供の頃は船の絵ばかり描いてました。

 やがて各地を旅しながら、人工杉が覆う前の、照葉樹が茂り、清流の湧く原風景を追い求めた僕は、漁業と農業が手を携え、海のために森を再建する北海道常呂町の人たちが〈森は“海の恋人”、“川は仲人”〉と言う感性や、〈川の外科医〉こと福留脩文さんの取り組みを素晴らしいと思うようになる。しかも森や川を守り、水を守ると、うまい酒までついてくる!!(笑い)」