工女テーマの本、復刻 富岡製糸場墓や過去帳も調査 (東京新聞2014年7月6日 群馬)

【群馬】
工女テーマの本、復刻 富岡製糸場墓や過去帳も調査

東京新聞2014年7月6日

http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20140706/CK2014070602000143.html


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復刻された「異郷に散った若い命-官営富岡製糸所工女の墓」

 「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界遺産登録に合わせ、製糸場を支えた工女(女子工員)をテーマにした本「異郷に散った若い命-官営富岡製糸所工女の墓」が復刻された。著者の高瀬豊二さん(一九一二~九一年)が病気で右足を切断後、富岡市議を務めながら市内にある工女の墓や過去帳などを丹念に調べ歩いた労作だ。 (菅原洋)

 高瀬さんは六六年から三期十二年間市議を務め、市史編さん専門委員にも就いて工女の研究に取り組んだ。

 著作は七二年に初版を出し、その後に絶版となっていた。製糸場の世界遺産登録に伴い工女にも関心が高まっていることから、高瀬さんの知人など六人が五月二十日に再版実行委員会を発足させ、六月末に発行した。

 「異郷に散った若い命」は、郷里を離れて富岡で亡くなったとされる五十数人について、年齢・年次別や全国の出身地別に分析し、墓や過去帳の写真も載せた。

 高瀬さんは「刻まれた文字も消え去ろうとしている工女たちの墓を見るとき、日本資本主義発達の礎となった、たくさんの人柱があったと考える」とつづっている。

 高瀬さんと四十年以上の交流があり、復刻を呼び掛けた元富岡市議の那須ふみ子さん(88)は「文筆や取材活動に熱心な人だった。不自由な体で議員をしながら、よく調べ上げたと思う」と述懐した。

 本は千部刷り、B6判、百八十ページ。千円(税込み)。問い合わせはオリオン舎(富岡市)=電0274(62)0738=へ。

◆1日7時間45分労働/技術により等級分け

 Q 富岡の工女の労働環境は。
 A 労働時間は一日七時間四十五分が基本。日曜は休みで、年末年始や夏休みなどもあった。

 Q でも当初は応募者がいなかったとか。
 A 操業前の一八七二(明治五)年二月の公募には全く集まらなかった。「(技術指導のフランス人が)工女の生き血をとって飲む」とのデマが広がっていたんだ。見慣れないぶどう酒が風評を生んだようだ。

 Q どう集めたの。
 A 初代場長が十四歳の長女を第一号の工女にして範を示した。七二年十月の操業後は工女も増えた。

 Q どんな人たち。
 A 豪農、豪商、士族などの娘で、原則十五~二十五歳だったが、十歳そこそこの少女もいた。器械製糸技術を習得して古里で広めることを期待されていた。

 Q 待遇や昇進は。
 A 糸を紡ぐ技術の高さにより、一等工女が月給一円七十五銭、二等一円五十銭、三等一円二十五銭。操業直後の工女和田英は、一等昇進の感激を「うれしさがこみあげて涙がこぼれた(中略)天にも昇る気持ちで喜んだ」と回想している。

 Q 青春は謳歌(おうか)できたの。
 A 寄宿生活で規則は厳しかった。それでも、ある工女は指導役のフランス人女性の部屋に招かれた時の様子を、「コップにぶどう酒を入れ、パンもたくさん食べ、大遊山した」とつづっている。

 Q 過酷な労働とは無縁だったようだね。
 A ただ、官営期の調査は、短期で辞める例の多さを指摘し、背景に「規則の厳しさ、娯楽の乏しさ、給料の低さ」を挙げた。民営化後の九八年には、ストライキも起きた。待遇の変更に不安を覚えたらしい。

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