レトロな客車を守れ 仲間の遺志継ぎ浜松通い  (東京新聞2013年9月17日 神奈川)

【神奈川】
レトロな客車を守れ 仲間の遺志継ぎ浜松通い
東京新聞2013年9月17日

http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/20130917/CK2013091702000128.html


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8月17日に開かれた「キハ20443」の車内公開イベント。約200人が訪れた=浜松市天竜区で


 旧国鉄二俣(ふたまた)線(現・天竜浜名湖鉄道)を走っていた客車「キハ20 443」を保存修繕するため、海老名市の会社員山崎義和さん(38)が毎月、浜松市天竜区まで通っている。志半ばで二〇〇八年の岩手・宮城内陸地震で犠牲になった鉄道仲間の遺志を継ぎ、地道な活動を続けて九年目を迎えた。 (勝間田秀樹)


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 朱色の外観が特長のキハ20 443。掛川-新所原間(六七・九キロ)の路線を天竜浜名湖鉄道が一九八七年に引き継ぐまで、二俣線一筋に二十四年以上走り続けた。引退後は、同鉄道天竜二俣駅のそばで風雨にさらされ、さびだらけになっていた。


 「二俣線の気動車が残っている。修復しないか」。山崎さんに声をかけてきたのは、鉄道仲間で交通博物館学芸員の岸由一郎さんだった。二〇〇〇年ごろ、新潟県のローカル線の廃線を惜しむ催しで岸さんと知り合い、すぐに意気投合して以来のつきあい。誘いを受け、〇五年から作業を始めた。


 「見るに堪えない」。山崎さんらは、各地から集まった有志二十人で修復に着手。ほこりだらけの車内を掃き、青いモケット座席を修復。天井の扇風機や照明を修理し、外装も塗り直した。


 〇九年にボランティア団体「天竜レトロ・トレインクラブ」を発足させ、第三土、日曜に活動している。メンバーは静岡県内外の小学生から六十代までの三十人で、山崎さんが代表を務める。


 岸さんはその一年前の〇八年六月、「くりはら田園鉄道」の保存活動で訪れた宮城県で地震に遭い、三十五歳の若さで亡くなった。山崎さんは「イベント一つやるにしても岸さんを頼っていた。今も生きていたら『自分を信じてやっていけよ』と言ってくれるのではないか」としのぶ。


 会社員の山崎さんは出張も多いが、天竜通いを欠かしたことがない。昨年の新東名高速道路開通で、通う時間も片道二時間半と約半分に短縮された。休日をつぶしての活動だが「好きだという思いで手を動かし、形にできることが魅力で続けている。誰かがやらないと、歴史のある車両を残せない」と話す。

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