【吉田類 大衆酒場100選】 変わりゆく街で、変わらない老舗に癒されて… <酒房 北国(中野)>

【吉田類 大衆酒場100選】
変わりゆく街で、変わらない老舗に癒されて…

【食・レジャー】
日刊ゲンダイ2013年8月29日 掲載



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<酒房 北国(中野)>

 中野は駅周辺の再開発によって、刻一刻とその顔を変えていく。便利に、おしゃれになるのは結構だが、中高年の飲んべえには多少の戸惑いがある。昔馴染みが消えていくようで、切なくもなるのだ。「たそがれてんじゃないわよ」と、ハッパをかけてくれそうなのが、今宵の河岸。駅南口を出て中野通りを渡った路地裏で半世紀、1958年創業の老舗「北国」である。

 縄のれんをくぐれば、青森出身の女将、秋田澄江さんが変わらぬ笑顔で迎えてくれた。数年前に傘寿を迎え、ますます意気軒高のご様子だ。カウンターに居並ぶ常連さんたちにも温かく迎えられ、止まり木について瓶ビール650円を頼めば、
「さあどうぞ」

 と女将自らお酌をしてくれた。独り身には殊更うれしい。心のこわばりが解けていくのが分かる。お通し300円の小鉢は、イカとオクラの和え物だった。ゆっくり味わっていると、常連のご婦人がこうおっしゃる。

「きょうはホヤの塩辛(450円)がいいわよ。ネギ玉やき(400円)っていう定番メニューもお薦めするわ」

 ホヤは市場に出回っていない特別品なのだとか。ここはもう、日本酒でしょう。八戸の地酒「八鶴」350円をお願いして、パクリと口に運べば、海の香りが広がり、まったりとしたうま味が追いかけてきた。「うまい!」としか言いようがありません。

 ネギ玉やきは、さながらネギのオムレツだ。たっぷりとこしょうのかかった料理に箸を入れると、とろっとろの黄身があふれ出す。中のネギと一緒に食べたら、塩加減がちょうどよく、何度もうなずいてしまった。

 5坪(約16.52平方メートル)ほどの小さな店には、エアコンがない。年季の入った扇風機とうちわで涼をとるのだ。チト暑いと思っていたが、そよりと風が入ってきては風鈴を鳴らし、蚊取り線香の白い煙を揺らす。「あら、いい風ねえ」なんて、誰ともなくつぶやいてはうなずき合う。なんだかとても、落ち着くのである。常連が常連を呼び、それが輪となって広がり、やがて子どもや若い世代にバトンタッチして、つなげていく。そうやって幾年、積もり積もって出来上がった歴史というか、伝統の重みが感じられた。壁一面に絵馬や通行手形が下げられていて、由縁を聞くと女将がほほ笑んだ。

「初めはね、旅のお土産に買ってきたものを1つ、2つ飾っていたの。それを見た常連さんが『女将が好きなら』って買ってきてくれるようになってね」

 一つ一つに日本全国、四季折々の時が刻まれているようで、実に奥深いのだ。変わりゆくもの、変わらないもの、それらが交錯して、街は生きている。今の風を胸いっぱいに吸い込んだ。
(取材・カメラ 吉田慎治)

<故郷のような店>

▽吉田類…「ここは昔、井伏鱒二ら文豪も足を運んだ店なんですよ。といっても、敷居が高いと思わないでくださいね。女将は一見も常連も分け隔てなく、温かく迎え入れてくれますから。いつ行っても、同じように迎えてくれる、飲んべえには故郷のようですね。女将、ありがとう、ですよ」

▼よしだ・るい 高知県出身。画家、イラストレーターの傍ら、酒場詩人として全国の酒場をめぐる。著書に「酒場歳時記」など。BS―TBS「吉田類の酒場放浪記」出演中。





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