富山の廃線車両 小美玉の病院で保存 元乗務員ら19人 40年ぶりに“再会”

【茨城】
富山の廃線車両 小美玉の病院で保存 元乗務員ら19人 40年ぶりに“再会”
東京新聞2013年6月17日



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加越線を走っていた車両の前で、諸岡院長(左)の説明を聴く元乗務員ら


 富山県砺波地方を走り、一九七二(昭和四十七)年に廃線となった「加越能鉄道加越線」の元乗務員ら十九人が十六日、加越線の車両が保存されている小美玉市の小川南病院を訪れた。四十年ぶりに車両と再会を果たし、「よく手入れしてある」「ここまで来て良かった」と車体に触れたり、客席に座ったりしながら思い出話に花を咲かせた。(妹尾聡太)

 車両は五七年製のディーゼルカー。廃線後に鹿島鉄道に譲渡されたが、その路線も二〇〇七年に廃止となった。金沢大学医学部出身で、鹿島鉄道線の存続に取り組んだ諸岡信裕病院長(65)が「スクラップにするのはかわいそう」と購入した。

 病院敷地内に置いて定期的にエンジンを整備し、塗装を施している。車内は、近くの福祉施設の高齢者や地元の人が座ってお茶を飲んだり、おしゃべりしたりして憩いの場になっている。

 富山県から訪れたのは元鉄道職員や加越線資料保存会の人たち。昭和四十年代に運転士だった香川信行さん(67)=南砺市年代=は運転席に座り、「昔の感触を思い出す。涙が出るほどうれしい」と感激。導入時の五七年に車掌だった沢田吉二さん(81)=砺波市鷹栖=は「新しい車両に乗れて気持ち良かった」と当時を思い起こした。

 エンジンがかかると「何とも言えない懐かしい音。ありがとう」と拍手が湧いた。

 諸岡院長が昨年十月に富山県の公共交通問題シンポジウムで講演したのをきっかけに加越線関係者との交流が深まり、今回の訪問が実現した。

 諸岡院長は、OBたちが四十年以上前のことを懐かしむ姿に「安全輸送に徹した鉄道マンの誇りは何十年たっても心の中にあるのだろう。皆さんに喜んでもらえてよかった」としみじみと話した。

<加越線> 富山県の小矢部市から旧庄川町までを結んでいた、加越能鉄道(現加越能バス、同県高岡市)の路線。1922(大正11)年に全線開通。車の利用者が増えて乗客が減り、維持費もかさむため、72年9月に廃止された。跡地の一部が自転車専用道路になり、面影を残している。

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