談志さん故郷で一門育てる 同期生ら企画 (東京新聞2013年5月21日)

【東京】
談志さん故郷で一門育てる 同期生ら企画
東京新聞2013年5月21日

http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20130521/CK2013052102000125.html


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「ここにいたんだヨなあ」と、談志さんが鵜の木の思い出をつづった色紙を手にする中山さん=大田区鵜の木1の「ひさや」で


 1年半前に亡くなった落語家立川談志さんが、幼少時代を過ごした大田区鵜の木で来月6日、談志さんの孫弟子で二つ目の志獅丸さんによる寄席が開かれる。この地は談志さんが落語協会を脱退して以降、寄席を開いて一門を支えた場所。同期生は「ここでは一門を育てようという機運が盛り上がっている」と説明する。 (小形佳奈)

 談志さんは一九五二年、高校一年の時に中退して五代目柳家小さんに入門するまで鵜の木で過ごした。小学四年から中学卒業まで同期生だった中山快晴さん(77)は「終戦直後は給食がなかった。談志は自宅で昼ご飯を食べながらラジオの落語を聞き、教室に戻ってからもぶつぶつ繰り返し復習していた」と思い起こす。

 八三年、真打ち昇進制度をめぐって談志さんは落語協会を脱退。発表の場が減った一門を迎え入れたのが鵜の木だった。幼なじみだった成瀬正澄さん(故人)の発案で八九年に町会会館で始まった「多摩川鵜の木寄席」は二〇〇二年まで続き、談志さんもたびたびトリを務めた。

 一一年十一月に談志さんは咽頭がんで亡くなった。鵜の木寄席の文化を引き継ごうと、中山さんらが昨年九月、談志さんも通った料理店「ひさや」(鵜の木一)の座敷を借りて「鵜の木ひさや寄席」を始めた。今回はことし一月に続き三回目の開催となる。中山さんは「過去二回は床が抜けるかと思うほどの入りだった」と、この地での一門の人気ぶりを語った。

 寄席は午後六時半から八時まで。木戸銭千円で事前申し込みが必要。先着六十人を今月二十二日から受け付ける。申し込みは立川企画の立山さん=電03(5483)0085=へ。

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