最後の吉原芸者に迫る 「みな子姐さん」ドキュメント映画完成  (東京新聞2013年5月1日)

【東京】
最後の吉原芸者に迫る 「みな子姐さん」ドキュメント映画完成
東京新聞2013年5月1日

http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20130501/CK2013050102000096.html


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ドキュメンタリー映画に収録された若かりし頃のみな子姐さん

 江戸の遊郭「吉原」の生き証人で、三年前九十歳で亡くなるまで現役を貫いた最後の吉原芸者「みな子姐(ねえ)さん」のドキュメンタリー映画が完成した。五、六月に都内二カ所で一回ずつ上映会を行う。映像を記録した立教大学文学部専任講師の安原眞琴さん(45)は「江戸吉原三百五十年の貴重な文化を考えるきっかけになれば」と話している。 (丹治早智子)
 みな子さんは北海道当別町出身。一家で上京、吉原(現在の台東区千束)近くに住んだが、まもなく父が借金を抱え、みな子さんは一九三〇年、十一歳で吉原の芸者置き屋へ奉公に。翌年芸者となった。
 「芸は売っても体は売らない」が吉原芸者の信条。全国に花街はあるが、公に「芸者」という言葉が使えたのは吉原のみ。格が高かった。花魁(おいらん)との違いを見せるため、鼓、三味線、唄の腕を磨き、名手となった。
 みな子さんは売春防止法の施行で五八年に吉原遊郭が廃止された後も「吉原芸者」を名乗り続けた。廃止後、一帯は都内最大の性風俗街へと変貌。みな子さんは、ひいき筋からお座敷がかかると他の花柳界へ出向き、芸を守り続けた。
 安原さんがみな子さんと知り合ったのは八年前。付属高校で江戸文化の講師として招いた芸人の北見寿代さんに「お座敷芸の本物中の本物」と紹介された。第一印象は「現代人にはない粋と強さを持った人」。その人柄と芸に惚れ込み、密着取材を始めた。
 取材は二〇一〇年一月まで六年間続いた。編集、ナレーションは安原さんが一人で行った。映画は六十分。前半はみな子さんと吉原の歴史。後半は、遊芸「虎拳」や俗曲「東京駅ができたときの歌」など、みな子さんの至芸映像を収録した。
 映画名は「最後の吉原芸者 四代目みな子姐さん-吉原最後の証言記録」。

上映会は
▽十九日午後七時から、杉並区の荻窪ベルベットサンで。定員四十人。入場料二千円
▽六月二十三日午後二時半から、台東区の浅草見番で。定員五十人。一万~三万円の支援金方式。最後の弟子による演奏会も。いずれも要予約。

 問い合わせはインターネットの「安原眞琴公式サイト」、安原さんファクス=03(3823)6115=へ。
安原眞琴公式サイト

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