巳にまつわる祠と泉 高津 区境の昔語り 多摩  (東京新聞2013年2月5日 神奈川)

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巳にまつわる祠と泉 高津 区境の昔語り 多摩
東京新聞2013年2月5日



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「熱冷ましに、“お水さま”で水をくんだ」と話す元木芳江さん=多摩区で


 今年の干支(えと)の巳(み)にまつわる場所が、川崎市の高津区と多摩区の区境にある。白ヘビを使いとする松寿(しょうじゅ)弁財天をまつった祠(ほこら)と白ヘビの言い伝えが残る泉だ。小さな信仰の地は、つつましくも大事に受け継がれている。(飯田樹与)

 JR南武線久地駅から徒歩で約十五分。小高い丘の上にある市営緑ケ丘霊園の片隅に祠はある。きれいに掃除され、置かれた真新しい千羽鶴にも大切に信仰されているのが分かる。祠の裏にある階段を七十メートルほど降りると、「御霊泉」と呼ばれる泉がある。

 祠や泉を守っているのは、祠の裏手にある多摩区の下綱(さげつな)集落の旧家十二軒。その一人が元木芳江さん(79)だ。元木さんは跡取りとして、幼い時から子守歌のように地元の昔話を聞かされてきた。

 霊園がある場所は、かつて畑だった。春、畑までの道を整備する男衆がお重に詰めた菓子で一休みしていた時、一匹の白ヘビが現れた。「これは珍しい」とお重に入れてふたをしたが、後で開けてみると姿がない。「弁天様のお使いだったのでは」とヘビがいた場所に泉を掘り、何事もないよう祈ったという。

 泉の水に手を浸し、「“お水さま”と呼んでね。歯痛や熱に効くからとヤカンを持って水をくみに来たのよ」と昔を振り返る元木さん。「男の子がおしっこをしたら、腫れてしまったのよ」と笑いながら明かす。

 元木さんは、祠のいわれについては「白ヘビが出た場所の上に社を作った、と聞いてるよ」と語る。ただ、別の言い伝えもある。市教育委員会の解説はこうだ。

 多摩川の洪水で流された人々が、松から垂れ下がる白い布につかまって丘に上がり、助かった。最後に上がったおばあさんが欲を出して布を持ち帰ろうとしたところ、布が大きな白蛇に化け、のみ込もうとした。おばあさんは一心にわびて松の下に祠をつくり、白蛇を信仰したという。

 元木さんによると、地域では祠を「松さま」と呼び、昔は小学生が二百五十段もある階段を掃除してきたという。「雨ごいのために祠への道を整備しようと思ったら、夕立があったり。『松さまは霊験あらたかなんだから、ちゃんとしないと』と、よく大人から言われました」

 旧暦の初巳の日には護摩たきが行われ、戦後に下綱に住んだ家も参加したほか、高津区や東京都内の講中などから毎年、百本前後の護摩木が集まるという。スナックのママや運転手、大工…さまざまな人が、さい銭やヘビの好物とされる卵とともに願いを寄せる。

 元木さんは、地元の昔話を子どもや郷土誌に語ってきた。親から子へと伝えてきたいわれ。「大事にしてもらいたいね」。たくさんの願いが寄せられる祠を見つめながら、しみじみと話す。

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