新たに土蔵など4施設国登録有形文化財に 野田の「桝田家」 水運業営む商家建築

【千葉】
新たに土蔵など4施設国登録有形文化財に 野田の「桝田家」 水運業営む商家建築
東京新聞2012年12月20日



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川の増水に備えた桝田家のれんが塀=野田市で


 かつて江戸川沿いの河岸問屋だった野田市の「桝田家」(同市今上)で、屋敷内にある土蔵と不動尊祠(ほこら)、脇門、れんが塀の四施設が国の登録有形文化財となった。桝田家では二〇〇七年の住宅に続く登録となる。

 市によると、河岸問屋の創業時期は不明だが、十八世紀後半に江戸幕府から公認された河岸ではないかともいわれる。住宅など桝田家の建造物は水運業を営む商家建築の好例で、明治から昭和にかけての建築技術を現在に伝えているという。

 今も居住する桝田廸(みち)子さんによると、塀は川の増水に備えて設けてある。住宅出入り口の前が開いているが、増水時には塀の溝に木の板を差し込んでふさぎ、宅地内への浸水を防ぐ構造になっている。

 しょうゆ醸造で繁栄した野田では、河岸問屋は流通の重要な役割を担っていた。たる詰めされたしょうゆを馬車や人車鉄道で河岸に運び、舟に積み替え東京に出荷し、原料の集荷場にもなっていた。しかし、舟運から陸上輸送への転換で、昭和初期に桝田家なども廃業した。

 市内の登録有形文化財は桝田家のほか、市民会館(旧茂木佐平治邸)や興風会館などがある。 (川田栄)

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