あの川端康成も幽霊と遭遇!? “妖気”漂う鎌倉ミステリースポットを歩いた 

あの川端康成も幽霊と遭遇!? “妖気”漂う鎌倉ミステリースポットを歩いた 
ZAKZAK2012.11.19



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北条高時ら一族が自刃したと伝わる「腹切やぐら」。参拝以外の立ち入りを禁じている=鎌倉市
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 来年の世界遺産登録を目指し、年間約1800万人の観光客でにぎわう武家の古都・鎌倉(神奈川県)。文治元(1185)年に源頼朝が武家による政権を初めて打ち立て、幕府が幕を閉じるまでの148年間は武家同士が血みどろの戦いを繰り広げた。今でもおびただしい数の人骨が埋まり、“妖気”が漂う所も多い。観光客があまり目にすることのない「ミステリースポット」を紹介する。(川上朝栄)

 ●おびただしい数の死者弔う

 JR鎌倉駅から徒歩15分。住宅地を抜けると、広大な草原が出現する。新田義貞の鎌倉攻めによって敗れた北条高時とその一族を含む約700人が自刃したという東勝寺(とうしょうじ)跡地だ。東勝寺跡地の背後の崖下にぽっかり空いた洞穴は「北条高時腹切やぐら」で、やぐらにはおびただしい数の死者が弔われている。


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150を超えるやぐらが周辺にあるといわれる=逗子市

 やぐらの入り口には供養目的以外の参拝を禁じる旨を記した立て札があり、洞穴内部には五輪塔や卒塔婆が置かれている。

 昼間でも薄暗く、やぐらに一歩近づくだけで、身体全体に寒気を感じる。「鎌倉幕府終焉の地」という歴史的に重要な史跡でありながら、観光客の姿はほとんど見られず、重々しい空気だけが身を包んだ。

 ●「あの世とこの世の境界」

 鎌倉から三浦半島に抜ける要路として切り開かれた名越切通。うっそうとした木々の間をくぐり抜けた鎌倉と逗子の市境の尾根に、「あの世とこの世の境界」とされる巨大な岸壁がそそり立っている。

 13世紀末の鎌倉時代後半から室町時代の中期(15世紀)まで、主に武士や僧侶の墓として築かれた「まんだら堂やぐら群」だ。尾根の岩盤を掘削した約5メートルの崖に、約2メートル四方の洞穴が150以上確認されている。付近には遺体を火葬したと思われる跡や五輪塔が点在。

 かつて、ここには死者を供養するための「曼荼羅堂」という建造物があったが、どのような建物だったかは分かっていない。

 ●「お化けトンネル」

  「やぐら群」周辺には地元で最も恐れられているミステリースポットがある。真下に位置する小坪トンネル(逗子市)だ。火葬場も近く、同トンネルは「お化けトンネル」と呼ばれている。

 鎌倉に居を構えたノーベル賞作家の川端康成は昭和20年代に発表した短編小説「無言」で小坪トンネルの幽霊について記している。

 主人公が鎌倉から逗子にタクシーで向かう際、トンネルを通過する。そのトンネル手前に火葬場があり、若い女性の幽霊が出るという。夜道を進む運転手に「幽霊は出るのか」とたずねたところ、運転手は一言「旦那の横に座ってますよ」。

 中世から現代に至るまで、この地は死者の念で満ちている。

 ●3000体の人骨 

 鎌倉では、今でも大量の人骨が市中心部で発見される。


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マンション建設予定地から出土した鎌倉時代の人骨。集団墓地と推定されている=鎌倉市

 休日になるとマリンスポーツを楽しむ人でにぎわう鎌倉市の由比ケ浜。10月初旬、マンション建設が進む一帯で多数の人骨が発見された。調査会社によると、「周辺だけでは約3000体の人骨が見つかっている」という。

 戦いに敗れ、無念の死を遂げた武士のものなのだろうか。この地に埋もれたいにしえの魂が、今も息づいている。





写真家が足で探した鎌倉の秘道—切通し・やぐら・花の寺
日本写真企画
中野 正皓

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